日本オルガニスト協会
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日本オルガニスト協会の概要

日本オルガニスト協会は、パイプオルガン(以下オルガンと呼ぶ)を演奏する専門家(以下オルガニストと呼ぶ)の集まる任意団体として1973年に発足しました。その目的は「オルガニストの連絡を密にし、日本におけるオルガン音楽の発展をはかること」(会則第2章)にあります。
明治の文明開化とともにわが国に導入された洋楽のうち、ヨーロッパでもっとも古い歴史をもつオルガン音楽は、楽器がキリスト教会のものという通念と高コストという特殊性のために、ピアノやバイオリンなど他のジャンルと比較すると普及に後れをとっていました。しかし、戦後の経済成長とともに学校・教会・仏教寺院などに中小規模のオルガンが設置されるようになり、その社会情勢を反映して1973年、東京渋谷区のNHKホールに5段手鍵盤90ストップという大オルガンが設置されるに至りました。この音楽ホール第1号の大オルガン設置を契機として、上述の趣旨をもって発足したのが本協会です。その後30有余年、正会員163名で出発した協会は同500余名の会に成長し、その間、オルガンに関する新人演奏会、国内コンクール、国際コンクール、全国大会、公開講座などを主催し、年報JAPAN ORGANIST、会報、『日本のオルガンI・II・III』などの刊行を行ってきました。

オルガン写真

会長よりのご挨拶

今井奈緒子写真

この度、日本オルガニスト協会設立から41年目の年に、会長の役目を廣野 嗣雄先生から引き継ぎました。私自身が最も驚いており、会員の皆さまの驚きも想像に難くありませんが、可能な限り務めを果たす所存です。どうぞよろしくお願いいたします。
長い歴史をもち、遠く離れた国々でそれぞれの風土に培われてきたオルガンが日本に上陸し、次第に数を増すなかで、日本オルガニスト協会は始動しました。歴代会長のもと、全国に拡がる公共ホールや大学を会場に新人演奏会を開催し、会員の論文を中心とする年報を編集発行してきました。昨今では会員の活動を紹介すること、オルガニストのスキルアップと一般への啓発をはかる事業を開催ないし支援することを通して、オルガンにまつわる事象を「文化」と呼べる水準に高める努力が続けられています。
国際コンクールでの日本人快挙の報せが続々伝わってきます。メジャーなタイトルはもちろん、規模は小さくても、その地域や分野で輝く星となる可能性を感じませんか。こうしてオルガン演奏に関しては、「オルガン音楽のふるさと」に日本から風穴を開けることが期待される一方、国の内外で研鑽を積み、これから日本で活動していこうとする人たちにどんな場所と機会があるのでしょうか。現状は厳しく、私たちはこれからいっそう努力して、教会、学校、公共ホール等を問わずオルガンとオルガン音楽への理解と協力を求め、それぞれの演奏を通して、聴衆を獲得して行かねばなりません。
JAO主催のオルガン新人演奏会は、たいがいは会場となるホールからホールやオルガン使用料の減免があり、会計上大きな助けとなっています。活動費には協会の基金積立金と出版事業の収益金などが充てられます。今年も本部や各支部で知恵を絞り、演奏と研究、啓発事業を支援、また展開しようと歩み出しました。東日本大震災のその後にどんな取り組みが必要かも話し合っています。会員の皆さんからも、どうぞ奮って情報をお寄せくださいますようお願いをし、会長の挨拶とさせていただきます。

日本オルガニスト協会 会長 今井 奈緒子

沿革

1973 聖ヶ丘教会(東京都渋谷区)にて創立総会(5/4)。
初代会長に奥田耕天を選出。名誉会員に木岡英三郎氏、真篠俊雄氏を推挙。東北、関東、関西の3支部を置く。
1975 西日本支部を設置、4支部となる。
1976 辻荘一氏を名誉会員に推挙(4/17)
1984 Henriette Puig-Roget氏を名誉会員に推挙(4/30)
1985 東北支部と関東支部を統合し、東日本支部とする(3支部体制)。
1986 奥田耕天氏を名誉会員に推挙(4/29)
1987 奥田耕天氏に協会顧問を委嘱(4/29)
1995 阪神・淡路大震災救援事業(会員1名死去)
チャリティコンサート(東京芸術劇場)
出演:新山恵理・小林英之(3/26)、植田義子・B. Ashley(3/27)
収益は日本赤十字社を通じて一般被災者へ寄付。
会員159名からの義捐金は被災した約30名の会員に見舞金として分配。
1999 秋元道雄氏を名誉会員に推挙(4/29)
2002 会員の演奏会助成制度発足(4/29)

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